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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)716号 判決

控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

佐伯雄三

被控訴人

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

梶山雅信

田中泰彦

田中孝忍

外四名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金二二八万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。控訴人のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審を通じて四分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

右第二項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人

1  被控訴人が受刑者に負う安全配慮義務は、受刑者がその意に反して労働を強制され、作業の種類や就業の場所などについての選択の自由がないという特殊性から、一般社会における以上の高度のものである(札幌高等裁判所判決昭和五〇年三月二七日判例タイムズ三二六号二四四頁、判例時報七八二号五三頁参照)。

2  安全装置を具備すべき点については次のことが考慮されるべきである。

すなわち、控訴人が原判決認定のような作業方法を取つたとしても、それは、特別異常な方法ではなく、誰も取る可能性のあるものであつて、予測可能であつた。仮に、異常な方法であつたとしても、高度な注意義務を負つている被控訴人としては当然そのような事態を予測すべきことであつた(労働安全衛生法に基づく労働安全衛生規則一〇一条及び右規則についての最高裁判所決定昭和四八年七月二四日刑集二七巻七号一三五七頁参照)。

3  安全教育義務については次のことが考慮されるべきである。

労働安全衛生法では、統轄安全衛生責任者を置き(一〇条)、安全管理者(一一条)、衛生管理者(一二条)、作業主任者(一四条)を選任しなければならず、雇い入れた時(五九条一項)、作業内容を変更した時(同条二項)に労働安全衛生規則三五条に定める安全衛生のための教育を、さらに、危険・有害な業務に就かせるとき(同条三項)には特別教育を、それぞれ行わなければならないと定める。右は、一般社会における最低の基準であつて、それより高度の安全配慮義務を負う被控訴人においては、それだけでは足りず、具体的作業内容に即した具体的危険に対応する教育がされなければならない。すなわち、安全教育は、一般的知識としてそれを得させるだけでは足りず、機械の構造・機能・メカニズム・操作方法についての正しい知識及び作業の危険性並びに機械の誤つた操作方法の具体例を熟練者による実地に即した具体的指導により体得させなければならず、また、安全な作業方法が現実の作業現場で遵守され、かつ、その違反があるときには、その都度具体的指示をもつて正されるものでなければならない。被控訴人においてされた安全教育が右のようなものであつたとは到底いえない。

4  被控訴人には、前記のほか、次のような注意義務違反がある。

刑務所において、機械の修理、点検及び調整などの通常と異なる作業を行う場合には、刑務所側の責任において行われるのが原則であり、受刑者をしてこれを行わせた点につき、被控訴人刑務官の過失がある。

仮に、受刑者に行わせてもやむをえないとしても、被控訴人刑務官としては、本件のような機械の調整には必ず立会い、自ら、手元スイッチを十分に遠ざけ、元スイッチを切るなどの措置を取り、又は、受刑者が右のような措置を取るよう監督すべきところ、これを怠つた過失がある。

二  被控訴人

1  本件事故は、控訴人が本件機械の油圧シリンダーの調整を吉留修一に依頼し、同人がシリンダー目盛の調整をしている間、控訴人が、遊動式手元スイッチを身体から十分に遠ざけないまま、フランジの下部を左手で支え持ち、フランジの上部に右手を添えて、セットしにくいフランジを無理にチャックに押し込もうとしたため、姿勢が不安定になり控訴人の身体の一部が手元スイッチに触れて機械が作動し、発生したものである。

2  本件機械の手元スイッチは遊動式になつており、作業内容に応じて手元スイッチの位置を変えられるようになつていたから、これが安全装置である。

そして、労働安全衛生規則一〇一条の「機械の原動機等の労働者に危険を及ぼすおそれのある部分」とは、機械の原動機という例示からすると直接接触することによつて危険を及ぼす部分と解すべきであり、手元スイッチは直接触れることによつてなんらの危険も生じないのであるから、これに該当せず、したがつて、同規則上、これに控訴人主張のような安全カバーの設置は義務づけられていない。

また、本件事故は、事前には予測できない控訴人の異常な行為によつて生じたものであり、そのような予測不可能な行為に対処するのにどのような安全装置が必要かはわからないから、控訴人主張の安全装置の設置義務はない。

次に、本件機械が国家賠償法二条にいう営造物に当たるか疑問であるが、仮に当たるとしても、安全装置(遊動式)のある手元スイッチを備えた本件機械を通常の用法に従つて使用すればなんら危険はなく、本件事故は通常の用法に従わない使用の結果生じたものであり、被控訴人は設置管理者としての責任を負わない(最高裁判所判決昭和五三年七月四日民集三二巻五号八〇九頁参照)。

3  被控訴人は、刑務所において、予算上許された人員のもとに、労働安全衛生法等労働関係法令の趣旨を尊重し、最も合理的かつ適切な指導方法による安全教育をしていた。神戸刑務所においては、労働安全衛生法に基づき昭和三七年二月二六日付達示第二号「神戸刑務所作業安全管理運営細則」を制定し、管理部長を安全管理者に指定するとともに、各工場ごとに危害防止主任者(労働安全衛生法における作業主任者に該当する。なお、同法一四条、同法施行令六条によれば、旋盤作業には作業主任者を選任する必要はないから、この点についての控訴人の主張自体は誤りである。)を選任し、民間企業の係長クラスに相当する工場担当が一般的注意事項及び基本的事項の説明・指導を行い、機械の操作方法の詳細及び操作する際の注意事項等については当該機械に習熟した受刑者をして詳細に指導させていた。

4  本件事故は、たまたま本件機械の調整中に生じただけのことで、その間に因果関係はないから、控訴人の主張4は失当である。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、原判決理由二2(一)ないし(七)の事実(原判決九枚目裏一三行目冒頭から一三枚目表一二行目末まで。ただし、九枚目裏一三行目の「神戸刑務所では、」の次に「神戸刑務所作業安全管理運営細則を制定し、管理部長を安全管理者に指定するとともに、その下に安全管理担当者を置いて安全管理についての業務を担当させ、各工場ごとに危害防止主任者を選任し、工場担当が安全に関する指導に当たつており、」を、一〇枚目表二行目冒頭に「工場」を、一一枚目表一行目の「原告に対し、」の次に「旋盤作業の概要を教え、」を、二行目の「したほか、」の次に「不安全な行動を取ると災害に繋がること、手順とおりの作業をすること、よそ見、雑談をしないこと、機械の運転中刃部とか軸に身体が触れないようにすることなどを注意し、また、自ら及び後記検査工中村をして機械の操作方法を約三時間にわたつて実地に教え、さらに、」を、それぞれ加え、一〇行目の「につき簡単な」を「のスイッチ、安全カバーなどにつき」と、一二行目の「浄美」を「清美」と、それぞれ改め、同裏三行目の「持ち方及びその」を削り、一二枚目表七行目の「しなかつたが」から一一行目末までを「しなかつた。」と改め、同裏二行目の「吉留もそのように原告に教えたのであつて、」を削り、一三枚目表一行目の「きず、」の次に「刃の送りが速くなりすぎたので、」を加え、五行目の冒頭から六行目末までを「たところ、」と改めて七行目冒頭に続け、九行目の「しにくかつた」から一〇行目の「逆に、」までを「しにくく、原告は」と改め、一二行目末の次に「そのとき本件機械が急に作動し、本件事故が発生した。」を加える。)が認められるので、これを引用するほか、右各証拠によれば、本件機械は、正面右側で人の腰の高さよりやや上部の位置に右方向に向いた電動主軸に固定され電動により回転する油圧チャックがあり、これにフランジを嵌め込み、正面左側やや下部にある油圧ハンドルを左右に倒してフランジを解放したり固定したりする構造になつており、油圧ハンドルの上部には左右に可動する安全カバーがあつて、これを右に移動し回転中のフランジを覆うことによつて、フランジが飛んで作業者に当たるのを防止する装置がついており、油圧チャックの右側に同じ高さで刃部が取付けられ左右方向に自動的に前進・後退するシリンダーがあり、これには前進・後退の速度を規定する目盛を調節する調節ネジがついており、シリンダーの向こう側には手元スイッチがあつて、これは、機械の床面に垂直に立てられて油圧チャックやシリンダーとほぼ同じ高さの位置で直角に曲げられた金属棒の先端に取付けられ、機械を始動させる始動ボタンと停止ボタンがスイッチ上面に突出している構造になつており、さらに右手元スイッチは垂直の金属棒を中心として円形に遊動しうるようになつていて、これが手前側にあるときは油圧チャック及びシリンダーの右側に位置して作業者が手を伸ばしてボタンを押せ、作業の邪魔になる際には左回り(時計方向と逆)に動かして向こう側に遠ざけることができる機構になつており、また、機械を全面的に始動・停止させる元スイッチがあつたこと、本件機械の操作方法は、フランジを油圧チャックに嵌め込み、油圧ハンドルを右に倒してフランジを固定し、安全カバーを右に動かし、手元スイッチを引き寄せて、始動ボタンを押すと電動主軸が回転し、自動的にフランジが内側の丸い面と側面の平らな部分とを同時に切削し、切削終了後、手元スイッチを向こう側へ遠ざけ、安全カバーを戻してフランジをチャックから取りだす、というものであつたこと、普通旋盤は、フランジをチャックに嵌め込む際これを広げてフランジを嵌め三カ所の爪を手で締めて固定する点、フランジの内側の丸い面と側面の平らな部分とを別に段取りして切削する点などが自動旋盤より操作の面倒な点であつたこと、そして、昭和五五年夏頃、本件機械のあつた工場のうち反対側部分(裏工場)で掃除の際スイッチの始動ボタンに身体が触れて機械が作動するという出来事があり、その結果、裏工場のほとんどの機械には、身体が誤つてスイッチに触れても始動ボタンが動かず、指を突つ込んで初めて始動ボタンが押せるような鉄板製のカバーをし、本件事故後、本件機械にも同様のカバーをしたこと、なお、本件事故当時本件機械に故障、異常はなかつたこと、がそれぞれ認められる。控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)中には右認定に反する部分があるが、乙第一〇ないし第一二号証に照らし、措信できない。

以上の事実によれば、本件事故当時、本件機械に故障、異常がなく、他に機械が作動した原因を窺わせる証拠や状況がない以上、本件機械の構造、作動の仕組みからして、本件機械に就いて作業していた控訴人か吉留かの身体の一部が手元スイッチの始動ボタンに触れたため機械が作動したというほかなく、その際、吉留がシリンダー目盛の調整ネジを調節していたのみであるのに対し、控訴人はセットしにくいフランジを前記のような持ち方で、したがつて無理な姿勢でチャックに押し込もうとしていたのであるから、その状況からして、控訴人の身体の一部が右ボタンに触れたとみるのが相当であり、吉留の身体の一部がボタンに触れたということはできない。なお、吉留が故意に手元スイッチを入れたことを認めるに足りる証拠はない。また、本件事故時、手元スイッチがどの位置にあつたかは明らかでなく、この点、これを向こう側に遠ざけていたとする前掲検証の際の控訴人本人の指示、説明は措信しえず、控訴人が右スイッチに触れたことからして手前側にあつたことが推認されるが、正確な位置を明らかにさせる証拠はない。

二被控訴人(神戸刑務所)の責任を検討するに、当裁判所も、被控訴人は、原判決理由二1(原判決九枚目裏二行目冒頭から七行目末まで)に説示するような義務を負うと解するので、これを引用する。

しかるところ、本件機械は、自動旋盤であつて、作動中回転体に身体の一部、特に、腕、手、指などが巻き込まれる危険があり、いつたん巻き込まれれば大怪我をする可能性が強いものであり、金属棒の先端に取付けられた手元スイッチの始動ボタンが突出しているところ、受刑者には旋盤作業の経験などのない者、経験があつても未熟な者が多く、誤つて回転体に触れ、又は、回転体に加工物をセットする際突出している始動ボタンに誤つて触れてスイッチが入り、回転体に腕、手、指などを巻き込まれることが予測されるから、被控訴人としては、右のようなミスがあつても危険のないよう配慮する必要があるところ、昭和五五年夏頃、本件機械のあつた第五工場で現実にスイッチの始動ボタンに身体が触れて機械が作動するという出来事があり、右のようなことを防止するためスイッチに鉄板製カバーをしたことがあるから、本件機械にも同様の危険があることは容易に予測し得るし、また、一挙手一投足の労により同様のカバーを設置することができたのであるから、被控訴人には右安全装置を具備すべき義務があつたということができる。なお、右鉄板製カバーの形態などは証拠上明らかでないけれども、本件機械の手元スイッチに具備すべきカバーとしては、横から指を入れてボタンを押せる余地を空けてボタンの上を覆うカバーとか、ボタンの周囲をボタンと同じ高さに金属板等で丸く囲うものなどが考えられ、前認定の鉄板製カバーは前者のようなものでないかと考えられる。

控訴人は、昭和五四年七月から服役し、ボール盤などの作業を経た後、普通旋盤による旋盤作業を二カ月近く経験後、自らの希望に基づき、旋盤技術も良好であつたため、本件事故の前日普通旋盤より操作の簡単な自動旋盤による作業に就いたのであり、前記教育・指導を受けたのであるから、旋盤という機械の構造及び作動の仕組み並びに旋盤作業の危険性を基本的には理解・認識していたと考えられるが、それにしても、熟練者といえないことに変わりなく、旋盤という機械の危険性を考えれば、本件機械にも同様の安全装置を具備すべき義務があつたということができ、これを怠つた義務違背があつたというべきである。

被控訴人は、手元スイッチが遊動式になつていることが安全装置に当たるというが、それは作業者がフランジを取付け、取りはずす都度手で遠ざけることを前提にするものであり、安全装置として不十分であることは否めない。特に、本件においては、控訴人は前日の作業経験から手元スイッチが遊動式であることを知つていたと推認できるが、吉留から手元スイッチを手前側に位置させたままでの作業を教わつたのであり、フランジを取付け、取りはずす際には手元スイッチを遠ざけておくということに思い及ばなかつたであろうと考えられ、控訴人にとつては安全装置の意味をなさないというべきである。

また、被控訴人は、本件事故が事前に予測できない控訴人の異常な行動によつて生じたから、控訴人主張の義務を負わないというが、控訴人は、一度セットして切削したフランジの削れぐあいが悪かつたため、機械を調整したうえ、これを再度セットして切削しようとしたものと考えられ、そのこと自体は作業者として当然の行為であり、再度のセットがしにくかつても、右フランジは最初は入つていたのであるから、必ずセットできる筈であると考えて、これを除くことなく多少無理しても入れようとするのは、作業者としてありうる心理であるし、そして、控訴人が、フランジの下部を右手で支え持ち左手を上部に添えてセットするという方法を明示的に教わつたことを認めるに足りる証拠はなく、吉留がそのような持ち方でフランジをセットしていたのを見ていたと考えられなくはないが、仮にそうだとしても、単に見ていただけでは、フランジを左手で支え持ち上部に右手を添えるという持ち方をしてはならないとまでは思い及ばなかつたと考えられ、そうして、入れにくいフランジを入れやすい持ち方で入れようとするのもまたありうることであり、その結果、前記のような持ち方をして無理な姿勢となり、手元スイッチに触れるということもありうることであつて、控訴人の行為が異常であつて予測できないとはいえない。

仮に、手元スイッチが遊動式であることが安全装置に当たるとすれば、前記説示から明らかなとおり、それが安全装置であること及びそれを作業内容に従い遠ざけたり引き寄せたりすべきことを確実に教えておくべきであつたのであり、したがつて、当然説明して理解させておくべきことを怠つていたものとして、安全教育義務の違背があつたということができる。

また、前記説示からすれば、本件機械は、公の営造物に該当し、前記のような安全装置を具備しなかつた点において、設置、管理に瑕疵があつたともいうことができる。

そして、右安全装置がなかつたため又は右安全教育がなかつたため若しくは右瑕疵があつたため本件事故による損害が発生したことは明らかであり、神戸刑務所の安全管理者たる管理部長若しくは安全管理担当者又は危害防止主任者或は工場担当が右義務に違背したことは違法であり、前記したところによれば、右の者は職務を行うにつき過失があつたというべきであり、被控訴人は控訴人に生じた損害を賠償する責任がある(国家賠償法一条、二条)。

三前記認定事実によれば、控訴人が、手前側にある手元スイッチの始動ボタンに触れて機械が作動する危険のあることに十分注意を払わず、入れにくいフランジを無理に押し入れようとしたため本件事故が発生したのであり、控訴人にも過失があることは明らかであり、前記説示した事情などからすると四割の過失相殺をすべきである。

四請求原因3(一)及び(二)の(1)ないし(7)の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、控訴人は、刑期終了後の昭和五六年一二月二五日から同五七年六月三日まで神戸博愛病院に通院、加療し(実治療日数一三日)、同年一月二九日症状が固定し、請求原因3(三)(1)、(3)、(4)の後遺症(左肘関節の運動は、伸展がほぼ正常、屈曲が軽度に制限され、左前腕は、回外が二五度、回内が四〇度で、右前腕の九〇度に比較して著しく制限され、左手関節の運動は、背屈三八度(右七〇度)、掌屈四〇度(右八〇度)で、右側に比較して中等度に制限され、また、咀嚼障害のため食物を噛むことが困難で、堅いものを噛んで食べることができないなど。)があることが認められ、なお、同(2)の左肘関節の痛み、左手指のしびれの後遺症(原審及び当審の控訴人本人尋問の結果中にこれに沿う部分がある。)は次の認定事実に照らし、認められない。

〈証拠〉によれば、控訴人は、事故後の昭和五六年春頃から工場に配役され、紙細工作業に従事したが、手首がまわりにくく作業が困難であつたので、除草作業、内掃作業に従事したこと、同年九月の運動会には障害物競争などに出場したこと、同年一一月、一二月頃、食器を左手に持つて外見上では不自由なく食事をし、両手で食器を洗い、万能鍬を両手で持つて除草作業をし、箒を両手で持つて清掃作業をし、他の受刑者と同様に布団の運搬もやり、外見上では不自由なく右各作業をし、戸外運動でソフトボールを好み、主にピッチャーとしてグローブを左手に嵌めて投球し、補球し、打者として両手でバットを握つて打ち、良い当たりを飛ばしていたこと、刑務所入所前の同四五年頃からいわゆる暴力団の山口組系松本組内柴田組の組員となり、刑務所出所後の同五七年一一月には同組組員とともに監禁・暴行の嫌疑で警察に逮捕されたことなどの事実が認められる。

以上の事実からすると、傷害の程度、入・通院期間から考えて、傷害による慰謝料としては金一三〇万円が相当であり、後遺症は労働基準法施行規則別表身体障害等級表の一〇級に相当するといえるので、後遺症による慰謝料としては金三〇〇万円が相当であり、後遺症による逸失利益については、控訴人がいわゆる暴力団組員であり、右組織の構成員は、一般に無為徒食であつて、犯罪などを犯して逮捕・勾留され、さらに刑務所に服役することなどが多く、組同士の抗争事件などの際、重傷を負い、場合によつては死亡することもあることなどを考慮すると、控訴人が将来正業に就いて社会的に正当な収入を安定的に取得し得るとはいい難いから、将来の逸失利益を確定することができず、また、労働能力の喪失による損害は、事故による受傷がなければ正規の労働が行われることが前提になつているというべきであり、それが確定し得ない控訴人についてはこれを認めることができず、立証の問題としても、控訴人が損害額算定の基礎資料とする賃金センサスは真面目に労働する勤労者の収入をまとめたものであり、右勤労者と同様に労働するとは予測し得ない控訴人の労働能力喪失額算定の基礎資料となし得ず、したがつて主張の損害は認められない。なお、控訴人は原審控訴人本人尋問の結果の際には、昭和五九年ころ松本組が解散し、事実上組を抜けている旨及び職業は無職と供述し、当審控訴人本人尋問の結果においては職業を調査業と供述しているが、以上の説示を左右しない。

そうすると、前記合計額四三〇万円に四割の過失相殺をし、本件につき支払のあつたことに争いのない金六四万六〇〇〇円を控除し、さらに、控訴人が弁護士に委任して本件訴訟を追行し、そのため費用を要したことは明らかであるところ、右費用相当損害金ということのできる金三五万円を加えた金二二八万四〇〇〇円が控訴人の請求し得る金額となる。

なお、控訴人の主張のうち、安全装置としてチャックを覆う安全カバーが左方にある限り手元スイッチを押しても本件機械が作動しない安全装置具備義務の違背があるとの主張又は前記主張4、さらには民法七〇九条による主張が認められても、請求し得る金額は前認定額を超えない。

五よつて、控訴人の本訴請求のうち、金二二八万四〇〇〇円及びこれに対する事故後の昭和五五年一一月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を相当として認容し、その余を失当として棄却すべきであり、原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上田次郎 裁判官川鍋正隆 裁判官若林諒)

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